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山崎紀徳

vol.72


PROFILE

日本テレコム株式会社
CSR推進部 マネジャー
CISM(Certified Information Security Manager)

現在の会社での経歴と担当している主な活動

1991年入社、情報システム部門にて企画、開発などを担当。
2002年より情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)の構築にIT部門代表として参加。2003年にCSR推進室(現CSR推進部)が設置されて間もなく自身の希望により配属になる。
現在は環境・社会貢献活動および規格認証を主な職務としつつ、ソフトバンクBB(株)コンシューマネットワーク運用本部にも兼職している。

趣味

学生時代はブラスバンドでサックスを吹いていた。現在も趣味で続けているので、老後は養護学校や高齢者施設を慰問して回りたい。

好きな国or行ってみたい国

ロタ島が気に入っている。グアムとサイパンの間にある小さな島で、直行便がないためか意外と訪れる人が少なく、観光化されていない。行き交う人がみんな手を振るフレンドリーさと、何もない分、心置きなくのんびりとした時間を過ごせるところ。

影響を受けた人、尊敬する人、目標にする人

中越地震の際の復興支援活動で出会った数多くの人たち

一番大事にしているもの

家族


山崎さんが描く、理想的な社会とはどんな社会ですか?

多様性を認めあうということにも関わってきますが、より多くの人が平等に仕事の機会を持てることが、より良い社会へのひとつの重要な要素になると思います。単に失業率を改善するという話ではなく、企業が適正に応じた働き方のメニューを用意すれば、女性の離職率を減らしたり、障害の有無に関わらず能力を引き出せたりできるということです。


日本テレコムでは、CSRの一環として社員のワークライフバランスへ積極的に取り組んでいます。育児・介護等のための在宅勤務を認めるだけではなく、基本的に全社員へテレワークを認めることにより、柔軟な働き方ができるようになります。一般的に、男性会社員が子育てを理由に休暇や時短勤務を申請するには相当な勇気が必要です。しかし、テレワークが可能となることにより、社員は一定の期間中に制度を利用するだけではなく、その時々に応じて個々に適した働き方を選ぶことができます。共働き夫婦で子育て中でもある私自身、うまく活用しています。例えば、熱を出した子どものことが気になって仕事に集中できない時や、 18時までに保育園へ迎えに行く必要があるために16時に退社する必要がある時は、テレワークを利用します。ちなみに、明日もテレワークによる在宅勤務の予定ですよ。

また、当社では、従来のような個人個人が部署ごとに決まったデスクを使う固定席を撤廃し、完全にオープンなフリーアドレスのオフィス形態にしました。オープンスペースに4人掛けのテーブルを並べ、社員は各自のノートPCを手に、その時空いているテーブルで仕事をします。毎日違う部署の社員と交流することが可能となり、社内コミュニケーションが活発になりました。また先ほどお話ししたような、その日は午後から自宅で作業したい時などは、従来のように「今日はお先に失礼します」と皆に気兼ねしながら声を掛けるなんてこともせずにすみます。多くの企業では、いくら制度を充実させても、利用しやすいかどうかは職場の雰囲気にかかっている実態があると思うのです。当社の場合は、「制度だ」「意識改革のための啓発だ」というだけでなく、ドラスティックに環境ごと変えてしまったんですね。正直言って私たちも最初は大変戸惑いましたが、やってみるとできてしまうものですね。経営層からすれば、その「やってみるとできてしまう」というのが、まさに狙いどおりだったというわけですよ(笑)。こうした変革で能力を発揮しやすくなるのであれば、どの企業の経営者もこのワークスタイルを歓迎するに違いないですよね。日本テレコムがお客様へ提案する課題解決策の一つであるワークスタイルを、自らが進んで実践していければと思います。今のところ良い方向に機能していますし、少なくともひとつの成功事例になると考えています。


場所を選ばない働き方については、小2の娘が可愛くて、少しでも一緒にいたいので、自分のためにも推進したいですよね(笑)。それから、実はICTソリューションを活かしたこのような改革に伴い、137台あったコピー機が14台、紙の使用量は9割減ったんですよ。「やってみるとできてしまう」ものですね。

どうすれば、この理想的な社会を築いていけると思いますか?

冒頭で多様性を受容すると述べましたが、それにはまず対話が必要だと思います。立場の異なる当事者同士が話し合うことが必要です。


私の大好きなロタ島では、すれ違う時に手を振り合う習慣があります。手を振るというただそれだけのことも、立派なコミュニケーションになるのだと感じました。私も真似して自分から手を振ってみましたが、中には、見かけがちょっと怖い感じの人もいるんですよ。でも、あの人に手を振ったのに、この人に振らないわけにはいかないかなと、仕方無しに(笑)手を振ると、振り返してくれるその人の笑顔が意外に人懐こかったり・・・。ちょっとした挨拶で、人と人との間にある緊張が緩む。そこに悪いものは何も生まれないんですね。シンプルなことの中に多様性の受容という大きなテーマのヒントがあるのかもしれません。

もう一つ思うのは、子どもたちは大人が会社で何をしているのか、会社がどのようなところなのか、通常あまり知る機会がないですね。同時に大人の側も、学校がどんな場所であるのか意外と知りません。自分が通っていた頃の学校をそのままイメージしていると大間違いだと思います。お互いに知らないことが当たり前になっていますが、それが相互理解を阻害しているかもしれません。異なるセクターを知ることも、社会の中にバリアを無くしてゆくためには必要なのではないでしょうか。

今の仕事をしていく上での喜びと、逆に難しい点は?

一緒に新しいことを始めようとする時、必ずついてまわることですが、企業がNPOとコラボレーションを組もうとすると、立場の違いからお互いに相容れないものも出てきますよね。そこは難しさでもあり、面白さでもあります。私は協業という言葉をよく使いますが、NPOさんと相互に実のある関係が持てた時は、本当に嬉しいものです。

また、とりわけ社会貢献活動においては、私たちのグループだけで、ましてや日本テレコム一社でどれだけ知恵を絞ろうが、できることは本当に限られています。この分野では競合会社だからなどというバリアを取り払い、企業同士も大きく横につながってゆく必要があると思います。

今の仕事を始めてから体験した印象的なエピソードはありますか?

中越地震から1ヶ月ほど後に、復興支援ボランティアとして3日間小千谷市での活動に参加しました。あの3日間が、私の人生観を変えたと言っても過言ではないですね。まず、外から見るのと、実際にその中に入って見るのとでは大違いだということを痛感しました。それまでも日本テレコムとして何ができるかいろいろと考えましましたが、現地に足を踏み入れてすぐに、百聞は一見にしかずという言葉を身をもって知ることになりました。複数のNPOを含め、数多くのボランティアが支援のために現地入りしていました。たくさんの暖かい助け合いの一方で、そうした活動に携わる人たち同士の信念と志の衝突も目の当たりにしました。また、避難所に漂っていたピリピリした空気も忘れられませんね。これからの生活への不安、プライバシーが確保されない避難所での1ヶ月におよぶ生活・・・。

被災者の方のストレスを考えれば無理もないことだと思います。とにかく、ほとんどすべてが私にとって未体験のことで、行ってみて初めてわかったことばかりでした。別の意味で貴重な体験だったのは、私が参加したのは経団連が募集したボランティアだったので、同じように参加された他の企業の方々と交流できたことです。中にはえらい方(笑)もいらしたのですが、現地ではそんな分け隔てはありません。ボランティアが終わった後で名刺交換をし、どういう方か知ってびっくりしましたけどね。「ちょっとそれ取ってください」なんて、私も気安く頼んでいましたから(笑)。実際にはそれで気を悪くするような方もおらず、気持ちよく共に活動できたことを感謝しています。余談ですが、小千谷市の被災者の方との交流は今でも続いているんですよ。

担当者になってから、自分の意識や生活の中で変わったことはありますか?

繰り返しになりますが、中越地震でのボランティア体験がなければ、今の自分はないと思っています。私もそうでしたが、災害時等の場面で何か役に立ちたいと潜在的に思っている人は非常に多いと思うのです。ただし、きっかけが見つけられない。ボランティア活動というのは、きっかけさえあれば、すんなりと入って行けるものが多いと思うんですね。

今の仕事では、多くの人へのきっかけ作りとコミュニケーションを広げるための橋渡しの役割を担いたいと強く考えるようになりました。小千谷市での体験が大きく影響していますね。

社会に伝えたいメッセージをどうぞ!

どんな問題を解決しようとする時も、対話がその第一歩であり、同時にすべてなのではないでしょうか。

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