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梅田福一郎

vol.56


PROFILE

企業イメージ研究所
代表

現在の会社での経歴と担当している主な活動

1984年に仲間7人と企業イメージ研究所設立。
流通・サービス業のCI戦略やブランド構築のコンサルティングを行っている。
毎月、コーポレートコミュニケーションをテーマにした研究会を20年(200回以上)事務局長として開催している。

家族構成

妻と娘の3人暮らし。孫(1歳半)と遊ぶのが楽しみ。

趣味

映画鑑賞。ウォーキング(毎朝徒歩出勤60分)。また、産業カウンセラーの資格を持っており、現在も心理カウンセリングの勉強とボランティアでの臨床を行っている。

好きな国or行ってみたい国

南イタリアの風景と気取らない生き方が好き。

影響を受けた人、尊敬する人、目標にする人

福澤諭吉の独立自尊の考えや、司馬遼太郎の日本人論に影響を受けた。司馬遼太郎の小説に登場する人物には共通してビジョンがあり、現代の日本人男性に欠けがちなエネルギーを持っているので、読むと元気が出る。

一番大事にしているもの

家族


梅田さんが描く、理想的な社会とはどんな社会ですか?

月並みでしょうが、争いのない社会ですね。誰もが資源の有限性をふまえて生活をすることも必要ですけれど、最も強く願うのは、戦争や飢餓が起きない社会であるということです。突き詰めてゆくとお互いが認め合うことですよね。私は人と人とは最後にはわかり合えると信じているので、その意味で基本的には未来に希望を観ている方ですが、一方で悲観的にならざるをえない現実もあります。以前イスラエルを訪れた際、彼らは宗教上の問題以前に、砂漠のような場所で生きてゆくため、他の民族を押しのけてでもオアシスを得なければいけないのだと少し理解できたように思いました。水資源を確保できないと自分たちの存続が危ぶまれますから。そこには、日本のように自然環境に恵まれ水も容易に確保できる国の人間にはわからない過酷さがあります。

日本人は昔から、宗教的にも多神教で、豊かな自然と一体になって生きてゆくことができました。万(よろず)の神を崇めるくらいですから、もともと多様性を受け入れるのが得意なはずなのです。ですから、私たちの感覚では当然、話し合いで解決すべきだとか、互いを認め合うことで争いを避けなくてはということになるわけですが、そもそもあのような自然環境のもとで生きること自体が、日本人には想像を絶する闘いなのだと思います。翻って、私たち日本人は、どれだけ恵まれているかをもっと自覚しなくてはなりませんし、この有り難さを次の世代にも伝えていかなくてはいけませんね。

どうすれば、この理想的な社会を築いていけると思いますか?

互いを認め合うということは口にするのこそ簡単ですが、先ほど述べたように、現実には並大抵のことではないと思います。ただ、物質的な欲望に代わる精神的な喜び、満足を得るということは、誰の人生にとっても重要なことです。人間は煩悩を持って生まれてきていますから、欲望を抑えてつけてコントロールしようとしても、そううまくはゆきませんよね。先進国に暮らす我々は、便利で贅沢な生活に慣れきっていますから、我慢を伴う生活では歪みも出てくるでしょう。一方、これから発展していこうという国に対して、物質より精神的な豊かさを説くのも、そう簡単ではないですね。しかし、5、6年前に始めた心理カウンセリングを通して、私自身、わかったことがあります。それは、人は純粋に、人との関係の中で癒されたり感動したりできるということです。この癒しや感動は、スポーツが与える感動と同じで、特別な精神修行などしなくても誰もが体験できるものですし、言葉や文化、人種そして宗教の壁もなく共有できるものだと思うのです。私が取り組んでいる心理療法の中に、エンカウンターグループ(出会い)といって、長い時間、場合によっては数日間合宿のようにして実施するグループカウンセリングがあります。

ひとり一人が少しずつ、自分のことを話してゆくものですが、リストカットを繰り返しているような方もいますから、最初は深刻で重苦しい状態が続きます。しかし、あるタイミングで、誰かひとりが本当の自分と出会えると、その瞬間、その人だけではなく、他の参加者も一斉に癒されるんです。それは一種神秘的な、無意識下のコミュニケーションが生み出すものなのでしょう。ですから、前述したように、言葉や宗教の壁もないのです。そうしたものを目の当たりにすると、人が人にもたらし、もたらされることのできる感動は、物質的なものが与えてくれるそれでは決してあがない切れないものだと感じられます。こうした価値を知れば、人はモノや利便性ばかり追いかけなくても満足できると思いますし、この人との出会いの素晴らしさを社会で共有できれば、持続可能な社会につながるのではないでしょうか。

今の仕事をしていく上での喜びと、逆に難しい点は?

若い人に希望や可能性を見出した時はとても嬉しいですね。ある企業に、会社としてのビジョンやミッションを若手社員が考える委員会があり、コンサルタントとして関わっています。以前この委員会で、各々が企業としての方向性やミッションを考え、最終的にそれを集約し形にすることを目的とした合宿を行ったことがあります。私が感心したのは、考え抜いた末に、彼らが何に答えを求めたかというと、それは他でもないCSRだったということです。「なんだ、若い連中も意外とやるじゃないか!」と嬉しくなりました。これなら将来にも見込みがあるかもしれないなと。案外我々のような世代が上からあぁでもないこうでもないと言うからダメなんじゃないかと思いましたね(笑)。

難しい点はですね・・・最近は倒産が近いような会社に関わるようにしているのですが、中途半端な形で会社を終わらせる経営者も少なくないんですね。経営が立ち行かなくなるのには様々な理由がありますから、それはそれできちんと処理をして畳むべきなのですが、いざとなるとどうしても、現実から目を背けたくなってしまうのでしょうね。最後に果たせる責任まで果たさずにやめてしまうケースでは、そこを何とかできなかった自分の力のなさを痛感しますね。

今の仕事を始めてから体験した印象的なエピソードはありますか?

心理カウンセリングで長い間関わってきた女性がいるのですが、その彼女がある日突然、婚約者を連れて私のうちに訪ねて来たことがあります。「私、この人と結婚します」って。嬉しいやら驚いたやら・・・。引きこもりで、ずい分大変だったんです。ですから私としてもちょっと夢のようで、すぐには信じられないような気持ちでした。そして彼女に、「梅田さんがいてくれると思うことで、私は立ち直れました」と言われた時は、本当に感激でした。

彼女に限らず、「あなたのことはいつも私が気にかけている」というメッセージを、悩んでいる人に送り続けるようにしています。自分に対して無関心ではない人がいること、常に誰かとつながっているということ、これは悩み苦しんでいる人にとって極めて重要なことだと思うからです。

こうしたらもっと社会が良くなる、というアイディアはありますか?

それぞれの持ち場で、人と深く関わるということではないでしょうか。そしてその際に大切なのは、常に自分の内なる声に耳を傾けるよう心がけることです。情報化社会の現代は、情報が洪水のように溢れています。今の自分が、頑なに「こうあるべき」と考えていることも、いつの間にか情報として得ていた誰かの考え方を踏襲しているだけだったりもします。情報を精査したり取捨選択することも必要ですが、内なる声を聞くということは、それとはまた異なる作業です。

立ち止まって、自分が本当はどうしたいのか、時々問うてみると、意外な気付きがあります。そして私は、人と関わることと、内なる声を聞くことには、相互関係がある気がしています。静かな場所で、ひとり座禅でも組んでいると何でもわかってくるのかというと、凡人にはなかなか無理な話で(笑)、やはり人との関わりの中で学び、気づくのでしょうね。

社会に伝えたいメッセージをどうぞ!

自分の内なる声を大切にしましょう。

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