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渡邊智恵子

vol.46


PROFILE

株式会社アバンティ
代表取締役社長

現在の会社での経歴と担当している主な活動

1985年、(株)タスコジャパン取締役副社長時に(株)アバンティを設立。
1990年にイギリス人エコロジストの依頼で、オーガニックコットンの原綿の輸入を手がけたことをきっかけに、オーガニックコットンの素晴らしさを世の中に広めることを決意し、同年タスコジャパンを退社し独立する。
1993年には米国テキサス州アントニオ市に子会社のKatan House Japan Inc.を設立し同社代表を兼任している。オーガニックコットンを原綿から最終製品に至るまでトータルに手がける稀有な存在。

家族構成

小学4年生の娘と二人暮し

趣味

仕事と子育て

好きな国or行ってみたい国

好きな国は日本。砂漠化の進む中国のウイグル地区にオーガニックコットンの農場を持つのが次の目標なので、近いうちに訪れたい。

影響を受けた人、尊敬する人、目標にする人

経営者として目指すのは、パタゴニア社を創設したイヴォン・シュイナード。企業の社会的責任を考え抜き実践する理念はもちろん、それが社員ひとりひとりに浸透しており、社員がパタゴニアの一員であることを誇りに思っているところが素晴らしい。

一番大事にしているもの


渡邊さんが描く、理想的な社会とはどんな社会ですか?

最初に挙げるのは、地球がこの先ずっと生命を宿し続けていけるような環境を維持できること。そして同時に、どこに暮らすどんな子どもでも、せめて食べ物に困るようなことのない社会でなくてはいけませんね。とにかくあまりにも簡単に戦争をしすぎです。極端に言えば、一部の国の利益のためにでしょう?私たちはオーガニックコットンの会社ですから、何年も大変な苦労を重ねてオーガニック農法を実践している人を見てきています。

農薬も枯葉剤も使わない、ピュアな大地を守る農法です。しかし戦争で一瞬にして破壊される環境の大きさを考えると、そのような地道な努力は一体何なのかとほとほと虚しくなります。戦争で使用した兵器の影響で次の世代まで病に冒されることもあるのですから、持続可能どころではありません。何があっても絶対に戦争だけはしてはいけないんです。

どうすれば、この理想的な社会を築いていけると思いますか?

一にも二にもなく、最低限、命を無駄にし、破壊を続ける戦争はやめることです。また、ごく身近な生活では、「もったいない」の精神を呼び起こすことではないでしょうか。周りを見渡すと、意外に使わないモノたちに囲まれてはいませんか?私は無駄なモノを買うことが大嫌いです。モノに溢れることも嫌い。だからすっかり普及した、オフィス用品のカタログ通販も大嫌いです。頼んだらすぐ来ちゃうから便利でしょ?だからつい無駄な買い物をしやすい。なおかつまとめ買いを促進していますよね。

うちの会社では禁止です!自分にとって本当に価値のあるものを選び、永く大切に使うという基本に立ち返る必要があります。だってもったいないでしょう?うちの会社の裏には、撤去された放置自転車が山のように保管されているんですが、どうするのか聞いたところ処分すると言われました。「一台くださいませんか?」と聞いたらダメでしたけど(笑)、もったいないことですよね。

今の仕事をしていく上での喜びと、逆に難しい点は?

喜びって・・・この仕事はすっごく楽しいですよ!だって、自分の手にとれる形あるものを作っていますし、お店でお客さんの反応を直接見ることもできる。私の話を聞きたいと言って、こうしてインタビューに来てくれる人もいる!(笑)会社が少しずつでも雪だるまのように大きくなってきて、与えられる機会も多くなってきて、本当にありがたいことです。難しいのは、オーガニックコットンは栽培にも加工にも一般のコットンに比べ格段に手間がかけられていることから、値段が割高になります。

その点で取り扱いを躊躇されるアパレルさんなんかが多いんですね。そこをもう一歩、環境への寄与という側面から普及に積極的になってくれる企業が増えて欲しいとは思っていますし、そのために私たちも更に努力をしなくてはならないと思っています。もうひとつは、イメージ的なものなんでしょうが、オーガニックコットンは染められないから、それがデザイン上の制約になると思われることが多いんです。手段を選べば、染めるという表現のアプローチもあると思います。

今の仕事を始めてから体験した印象的なエピソードはありますか?

会社を設立して20年になりますが、このビジネスをスタートさせた15年前はまだ「オーガニックって何?」という時代でした。また、知っていたとしても、食べ物ならいざ知らずコットンを有機栽培にしたところで何が変わるのか、という反応が多かったですね。特に最初の3年は大変でした。もともと私の住まいだったマンションの一室をオフィスにして、自分は三鷹の姉の家に居候していました。毎日終電まで働いても、食べていくことが大変でしたねぇ。従業員にお給料を払うのにはとても苦労しました。

ただ、何より夢がありましたから!自分の好きなことをしているのですもの、愚痴も出てきませんでしたよ。もって生まれた性格的なものかもしれませんが、心身ともに元気で頑張り抜けました。最近では生地のワールドカップと言われている最高峰の見本市、プルミエールビジョンにも出展をし、メイド・イン・ジャパンのオーガニックコットン生地を世界の人達に使ってもらい、非常に充実しています。

こうしたらもっと社会が良くなる、というアイディアはありますか?

日本人の伝統的な衣食住には、持続可能であるための知恵が満載なんですね。住環境にしても着物にしても、エコロジーの見本のようなものです。

LOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainability)という言葉が注目されていますが、日本人の生活文化そのものがLOHASで、十分世界に発信し得るものです。それを今、私たち日本人自身が再認識する必要があると思います。

担当者になってから、自分の意識や生活の中で変わったことはありますか?

もちろん、オーガニックコットンとの出会いは運命的でしたが、それとは別に、妊娠時を含めて子どもを持ったことが仕事にも大きく反映されました。以前の私はいわゆる仕事人間だったのですね。幸い身体がとっても丈夫で常に元気でしたし、歩くのも人一倍早くて(笑)、考えてみれば、私のようにバリバリと働くことのできない人の気持ちを慮ることができなかったように思います。お腹が大きくなるにつけ歩くことにも不自由を感じて、駅の階段についている手すりがひどく心強く見えたりしました。

ですから、妊娠だけでも大変貴重な体験です。生まれてからは、それまで知り得なかった子育ての素晴らしさを日々味わいながら、「この子たちにきれいな地球を残したい」と心の底から思うようになり、今の仕事により強く使命感を感じるようになりました。また、親は子どもに正しくあるよう、正直であるよう言うじゃないですか。言うからには、自分も襟を正していかなくては。それは経営者としても同じことです。

社会に伝えたいメッセージをどうぞ!

「一枚でも多くオーガニックコットンを!」・・・と言うとちょっと商売っ気がありすぎますか?(笑)

私たちは、オーガニックコットンを通して、地球環境を守りながら人の心を豊かにする、本当に価値のある生活の形を、一緒に考えてもらいたいと願っています。

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